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#5『スタンリーのお弁当箱』

© 2012 FOX STAR STUDIOS INDIA PRIVATE LIMITED. ALL RIGHTS RESERVED.
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 子供の頃、お弁当箱には夢が詰まっていた。今日のおかずは何かしら?大好きな卵焼きは入ってる?食いしん坊の私は、ワクワクしながら蓋をあけたものだ。

 遠く離れたインドでも、この気持ちは共通らしい。画面いっぱいに広がるカラフルなお弁当たちは、それぞれの家庭の食卓までもが透けて見えるようで、個性豊かだ。

 そんな中、主人公のスタンリーだけはどこか淋しそう。というのも、スタンリーにはいつもお弁当がない。家庭の事情というやつだ。見かねたクラスメートたちは、自分のお弁当を少しずつスタンリーに分けてあげていたのだが、食い意地のはった中年教師がそれを横取りしはじめる。大人のくせに、しかも教育者であるのに、何ということだ!しかし子供たちも負けてはいない。昼休みになると先生から逃げまくる!先生は必死で彼ら(というか、彼らのお弁当)を探しまくる!追いかけっこの末、ついに先生は「お弁当がないなら、もう学校に来なくてもいい!」と言い放つ…

 と、ストーリーも大変ユニークなのだが、それ以上にユニークなのが、その撮影方法。脚本を渡すのではなく、ワークショップという形で子供たちを教室に集め素直なリアクションをカメラに収めていったのだという。

 1年半もの時間をかけ、1回4時間以下というルールを決めて行われた。その結果映し出された、子供たちの底抜けな明るさと純粋な友情…これには驚かされる。日本で同じことを試みたら、もしかしたらスタンリーはいじめられてしまうかもしれないし、彼自身がもっと卑屈になったり友達に八つ当たりしたりするかもしれない。

 苦境に立たされても、スタンリーは一人静かにそれを受け止め、友達には変わらぬ笑顔を向ける、とても健気な少年なのだ。

 その根底にあるものは何なのか?

 実はスタンリーには学校では見せない顔がある。家庭の事情でレストランでの労働を強いられているのだ。インドにおいて児童労働問題は根深いものがあるという。

 インド政府が行ったサンプル調査による児童労働者数の推計値は498万人(2009~10年度)で、国別で一番多いと言われている。スタンリーもその中の1人なのだ。

 しかし、彼には両親にしっかりと愛された証があることが、物語の後半で分かってくる。そして学校では、気にかけて優しく見守ってくれる先生もいた。

 そうした、大人の愛情、揺るぎなく頼れる存在を知っているからこそ、スタンリーはとびきりの笑顔を忘れず強くいられるのではないだろうか。そしてきっと、周りの友達にも、笑顔の力が伝わってゆく。モノを買い与えるだけではない、真に豊かな教育がどれだけ大切か。

 ユーモアたっぷりのコミカルな今作だが、大人がみんなで考えなくてはいけない万国共通のテーマが盛り込まれている。

 スタンリーがやっと手に入れた自分のお弁当箱には、何が入っていると思いますか?

 

NTM

(文・河村由美)

制作・脚本・監督:アモール・グプテ

出演:パルソー デイヴィヤ・ダッタ ラジェンドラナート・ズーチー ほか

配給:アンプラグド

(2011/インド/96分)

http://www.stanley-cinema.com/

 

2013/06/15

book

#6 『土の学校』

 私がこの本を手にしたきっかけは、映画『奇跡のリンゴ』を観たことだった。青森のりんご農家・木村秋則さんが、農薬に弱い体質だった妻のために、農薬も肥料も使わない“自然栽培”に成功するまでを描いた物語だ。木村さんは、実に10年間も無収穫・無収入の期間を経験し、しかしその間にりんごの木やそれを育む土について徹底的に研究して、絶対に不可能だといわれた無農薬のりんご作りに成功した。

 ところで“自然栽培”ってどうゆうこと?雑草が生え放題の木村さんの畑はまるでジャングルのようだと映画にも描かれていたが、私はもっと詳しく知りたくなった。

 木村さんが畑をジャングルのようにしたのは、森の中で豊かに育つ植物を見て、人間が作った畑と何が違うのかと疑問を持ったことがはじまりだったそうだ。生態系というのは本当に上手くできているもので、人間が邪魔者扱いする雑草にさえ役割があって、そこにある全ての有機物によって“土”が作られるのである。畑の土は掘っていくとすぐ冷たく感じるが、森の土は掘っても掘っても温かいそうだ。これは、有機物が分解されるときに発する熱のため。常に堆肥が作られているようなものなのだ。匂いも全然違うという。

 では、人間がやってきたことは全て無駄だったのか?いや、そうではない。読み進めるうちに、私はとんだ思い違いに気付いた。

 “自然栽培”は人間が手を加えるのではなく自然のままに任せておけば良いのか、と短絡的に考えていたのだが、いやいや木村さんは普通よりもずっと畑に手を加えている。りんごにとって良い土にするために大豆を撒いたり、病気を防ぐために食酢を薄めたものを葉っぱに散布したり、虫がつけばひとつひとつ手で取ったりもしなければならない。自然の生態系に力を借りつつも、人間の知恵や努力を加えなければ美味しいりんごはできないのだ。そして、美味しいりんごが実らなければ、農家の生計は成り立たない。

 先日、農家の方が集まった『奇跡のリンゴ』映画試写会で木村さんが舞台挨拶に登壇した。質疑応答で印象的だったのが、「映画の中では、失敗した10年間で畑を手放したシーンがあったが、あの畑は取り戻すことができたのか?」という質問。同じ農家として、一番気になるポイントだったのだろう。答えはYES。会場中が安堵のため息に包まれた。

 農業を生業にする以上、収入がなくてはいけない。これは、無収入という辛い経験をして自殺まで考えた木村さんが、この本の中でも訴えていること。これから農業をはじめたいという方には、副収入を確保してから取り組むべき、とまで書いている。

 土の話から農業の未来まで、ところどころに木村さんが書いたイラストを交えながら分かりやすい言葉で書かれているので、農業の入門書としても役に立ちそうな一冊である。

 常に五感をフルに使って自然と対話し、りんご作りに情熱を注ぎ続けた木村さんの経験には目からウロコなことがいっぱいでワクワクさせられた。

 現在、木村さんは“自然栽培”のノウハウを伝えるための様々な活動に取り組んでいる。興味のある方は、是非、直に木村さんのお話を聞くこともおすすめしたい。何よりその太陽のような笑顔に、元気をもらえるはずだから。

 

NTM

(文・河村由美) 

共著/木村秋則・石川拓治 幻冬舎 1,365円(税込)

 

2013/06/28