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#28『クイーン・オブ・ベルサイユ』

©2012 Queen of Versailles, LLC. All rights reserved.
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 現代のアメリカン・ドリームとは何なのか!?これは、アメリカ国民のわずか1%といわれる”スーパー・リッチ”にのし上がった男とその妻の、栄華と衰退をつぶさに映したドキュメンタリーである。

 企画のスタートは2007年。ローレン・グリーンフィールド監督は、フロリダに総工費100億円の豪邸(というか”ベルサイユ”と名付けた”宮殿”)を建設しようとしているシーゲル夫妻の成功物語を撮影するつもりでカメラを回しはじめた。ホワイトハウスの2倍を誇る約8,400平米に、15のベッドルームと6つのプール、500人収容のパーティーホール、映画館に水族館、ボウリング場やテニスコート、野球場、ゲームセンター、フルサービススパ、岩の洞窟、25mの滝などなど…。桁外れのゴージャスさに、驚きというよりもむしろ空いた口がふさがらない感じだが、建設途中の”ベルサイユ”を案内するジャッキー・シーゲルはまさにこの宮殿のクイーンのごとく誇らしげだ。

 元ミス・フロリダのジャッキーは、2000年に31歳年上のデヴィッドと結婚。7人の子供を産み、さらに姪を養子に迎えて8人を育てる母親でもある。グラマラスなボディが崩れるのが嫌で子供は産まないと思っていたのに、1人産んだら”ハマって”しまったそうだ。「夫が愛してくれるからよね。バイアグラいらずよ」なんてサラッと言ってのけるところを見ると率直で隠し事のできない女性なのかもしれない。

 夫のデヴィッドは、個人企業としては世界最大のタイムシェア会社「Westgate Resorts」を設立した人物で、2007年当時は全米28のリゾート地にマンションやコンドミニアムを展開していた。

 彼のビジネスは1981年のレーガン政権にはじまる低金利時代に成長し、特に2001年以降のジョージ・W・ブッシュ政権下における住宅バブル期に莫大な利益をあげたという。映画の中でデヴィッドは「ブッシュを当選させたのはこの私だ」と発言し、不法な選挙協力をしたことも匂わせているが、ブッシュ政権下での富裕層への大幅な減税がデヴィッドの懐を豊かにしたことは確かだろう。

「Westgate Resorts」がターゲットにしたのは主に中流階級の人々で、所得が高くなくてもローンを組めば夢のようなリゾートマンションが手に入るというのが謳い文句だった。実際、販売実績は好調で、会社はラスベガスに100%自己資金の巨大ビルを建設、そしてデヴィッドも夢の”ベルサイユ”建設へと踏み切ったのだ。

 そこへ突然やってきた、リーマン・ショック。

 急転直下、まさに天国から地獄。デヴィッドの会社は多額の負債を抱えることになり、遊休資産のほとんどを手放し、従業員の大量解雇を余儀なくされた。もちろん”ベルサイユ”どころではない。

 夫婦の暮らしも一変した。広い邸宅(ベルサイユではないが、元々大邸宅の住人なのだ)を維持し8人の子供たちの面倒をみるために相当数の家政婦と乳母を雇っていた彼らだが、半分以上を解雇。キッチンに立つことなどなかったジャッキーも家事をせざるを得なくなった。子供たちも以前のような贅沢三昧の生活を変えなくてはならないし、このままでは大学進学さえ危ういかもしれない。ブランド品や豪華な調度品は質に入れ、安いスーパーマーケットで買い物をするジャッキー(でも、ついつい大量買いしてしまう!)。ランチは子供たちとマクドナルドだ(でも、リムジンで乗りつける!)。ペットにエサをやるのも、これからは子供たちの仕事(でも、犬だけでも何匹もいて家中フンだらけ!)。一見、健気にがんばっているように見えるのだが、なんかちょっとズレている。極めつけはジャッキーのこの発言「この金融危機を引き起こした証券会社や銀行は、政府から公的資金を受けて助けられたけど、それよりも政府は普通の人たちを助けるべきだわ。私たちみたいな」ー もう、失笑以外のなにものでもない。

 しかし、ふと思った。ジャッキーは自分たちのことを”人よりリッチだけど普通の人”と本気で思っているのではないだろうか?「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」と言ったというマリー・アントワネットとは違って、シーゲル夫妻は生まれながらスーパーリッチではない。一代で会社を築いたデヴィッドは、貧しかった父が母へそうしたようにクリスマスにはハーシーズの板チョコを母にプレゼントする。ジャッキーもまた貧しい家庭に育ち、モデルとして成功する前はOLとして普通に働いていたこともあるし、一度目の夫と離婚してからはバイトもしていたそうだ。2人ともなかなかの苦労人であり、いわゆる”普通の人”の感覚をまだ持っている。それは彼らの発言からも随所に感じられて、映画を観ているうちに親近感を覚えている自分に気がついた。人を食い物にし絵空事の中で生きている成金夫婦、そんなイメージは、奇しくも彼らの経済的危機を目の当たりにすることで薄れたのかもしれない。自分の努力で成功を手にする、それ自体にはやはり心を動かされるし賞賛に値するとも思う。

 しかし、現代のアメリカン・ドリームがどうしようもない貧富の格差を生み出していることを忘れてはならないだろう。ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツの著書「世界の99%を貧困にする経済」によると、90年代の景気拡大でアメリカの家計の実質所得は平均32%増えたが、上位1%の所得が98%も上昇していて、つまり増加分の45%が上位1%に集中したことになる。00年代ではさらにその割合が増加し、増加した所得の実に65%が上位1%の懐におさまったそうだ(プロダクションノート参照)。

 リーマン・ショック後も格差はさらに広がっている。一部のスーパーリッチに富が集中し、”普通の人”の暮らしはますます苦しくなっているばかりか”普通の人”がアメリカン・ドリームを手にしにくい状況にもなっている。その後、”ベルサイユ”の建設工事は再開されて2015年に完成する予定だそうだ。アメリカに暮らす多くの”普通の人”たちは、この映画をどんな風に観たのだろう?そして、もはや他人事ではない格差社会に生きる私たち日本人は…!?

 

(文・河村由美)

 

NTM

 

8月16日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督:ローレン・グリーンフィールド

出演:デヴィッド&ジャッキー・シーゲル一家ほか

配給:スターサンズ

2012年/アメリカ、オランダ、イギリス、デンマーク/100分

 

http://www.queen-cinema.jp

2014/08/09

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#29『マルティニークからの祈り』

©2013 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
©2013 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

 2004年10月30日、フランス・オルリー空港で一人の韓国人主婦が麻薬密輸容疑で逮捕された。フランスでは麻薬に対して厳しい罰則を設けており、当時この事件は韓国国内でもかなりの衝撃をもって伝えられたという。しかしその後、彼女や彼女の家族にどんな運命が待っているのか関心を寄せる者は誰一人いなかった。事件を追ったテレビドキュメンタリー「追跡60分」が放送されるまでは…。

 犯罪とは無縁の平凡な人生に突然ふりかかった悲劇とは⁉︎これは、実話を元にした物語である。

 

(文・河村由美)

 

 主人公のジョンヨンは、愛らしい娘・へリンと優しいが少し頼りない夫・ジョンべの3人で暮らしていた。ある日、ジョンべの友人が6億ウォン(約6000万円)もの負債を抱えたまま自殺。その保証人になっていたジョンべは、突然多額の借金を負うことになり、家族は明日の生活さえままならない窮地に陥ってしまう。そんなある日、旧友・ムンドが儲け話をを持ちかけてくる。「金の原石をフランスに運ぶだけで大金が稼げる。バレても罰金を払う程度だ」-この話に乗ろうと考えはじめる夫にジョンヨンは一抹の不安を感じたのだが、ムンドから「この仕事は女にしかできない」と告げられ、結局ジョンヨン自身が引き受けることになってしまう。

 パスポートも持ったことのないジョンヨン。初めての海外フランスに着いた時の緊張はマックス状態で、すぐに職員に怪しまれ拘束されてしまう。そして、その時になって初めてジョンヨンは自分の運んできたものが金の原石などではなく、コカインだと知るのだった。しかし時すでに遅し。現行犯で逮捕され、そのまま収監されることになった。

 言葉の通じない異国での逮捕。ジョンヨンにも非があるとはいえ、きっと大使館が手を差しのべてくれるだろう、という淡い期待は露と消える。麻薬密輸で逮捕されるなど、国の恥。税金を使って助ける意味などないだろう、というのが最初の言い分だ(その後、大使館の失態は次々に明らかにされる)。妻の逮捕を知り助けを求めたジョンべもまた、検察から逆に麻薬使用を疑われる始末。まさに八方塞がりの状態が長く続くことになる。

 さらにジョンヨンは、裁判も行われないまま、パリから遠くカリブ海に浮かぶマルティニーク島の刑務所へと移送されることになる。もちろん、韓国語を話す人間など誰もいない。しかも、刑務所内では執拗ないじめが待っていた。奇しくも、かつて夫と「いつか旅行に行けたらいいね」と話していた美しい海辺にいながら、人権など全く度外視された環境の中でなすすべなく孤独と闘い家族との再会だけを夢見たジョンヨンを待っていた現実とは…。

 劇映画だからもちろん脚色はある。しかし、パン・ウンジン監督は事件の詳細な年譜やジョンヨンのモデルとなった女性の日記を熟読するなどして、徹底してリアリティにこだわったそうだ。だとしたら…「とんでもないことじゃないか!」と怒りが込み上げてくる場面があまりに多すぎる。韓国の大使館や検察の対応には、やっかい事には関わりたくない、自分の出世のためには邪魔なだけの事件だという空気がありありだし、刑務所の看守たちの非人道的な仕打ちなど胸くそ悪くて仕方ない。せめて通訳だけでもジョンヨンの元に送っていたら、彼女がこんなに長い期間拘束される必要もなかったのに。

 だからこそ、やっと開かれた裁判でジョンヨンが言葉を絞り出すように語る姿が痛烈に胸に響く。この役を熱演したチョン・ドヨンにも拍手を送りたい。

 時に現実世界には、映画や小説よりも衝撃的な出来事が起こるものだが、事件からまだそれほど時間が経っておらず関係者も生きている中でこれを映画化した勇気には感服した。と同時に、観る者を惹きつけて離さない演出に、韓国映画の底力を感じずにはいられない。

 

NTM

 

TOHOシネマズ シャンテほか全国順次ロードショー

http://martinique-movie.com/

 

監督: パン・ウンジン

出演:チョン・ドヨン、コ・ス、カン・ジウ 他

配給:CJ Entertainment Japan

2013年/韓国/131分 

2014/09/06

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