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#20 ある女性の人生を変えた映画『パッチ・アダムス』

©1998 Universal Studios. All Rights Reserved.
©1998 Universal Studios. All Rights Reserved.

 ロビン・ウィリアムズが実在の医師に扮した映画『パッチ・アダムス』を観て、モデルとなったDr.パッチことハンター・キャンベル・アダムスさんに会いに行ってしまった女性がいる。現在、訪問介護や知的障害者の移動介護、介護者・看護者のメンタルコーチ、そしてケアリングクラウン*として活動中の金本麻里子さんだ。

 映画の内容を覚えていらっしゃるだろうか?自殺未遂の末に精神病院に入院した主人公・ハンターは、入院患者が自分のジョークに笑い癒されていくのを目の当たりにして、笑いこそが人を救うのだと確信する。退院後、精神科医を目指して大学の医学部に入学。年齢的には遅い入学だったが、成績は常にトップクラスだった。ある日、白衣を着て小児病棟に潜入したハンターは、おどけたクラウン(道化師)のふりをして子供たちを笑わせ、一躍人気者に。やがて他の患者や病院職員の心をも掴んでいったハンターは、学部長からどんなに睨まれ叱られようとも、めげずにあの手この手で皆を笑いの渦に巻き込んでゆくのだった。ユーモアとジョークで医療現場を変え、さらには無料の診療所建設を夢見たパッチ・アダムスの若き日を描いたヒューマンドラマだ。

 この映画が公開されたのは1998年。当時の金本さんは精神的に大変辛い状況にあったという。幼い頃からいつも傍にいてくれた大好きな祖母が認知症を発症し、金本さんの顔も分からないようになってしまった。その現実を受け入れられず誰かに相談することもできなかった金本さんは、次第に自分自身を責めはじめ、ついには拒食症に陥ってしまったのだ。身体的な不調も出はじめて様々な病院に出向いたが、診断はいつも曖昧なものばかりで一向に回復しない。そんな時、ふと入った映画館で目にしたのが『パッチ・アダムス』だった。

「映画のストーリーにも相当心が動いたし、しかもエンディングでこの人がまだ生きていることを知った。この人なら私を治してくれるかもしれない、この人に会いたい!と思いました」

 それから5年後…。金本さんは、パッチに会いたいという想いを抱きつつも、具体的にどうしたらいいのか分からずにいた。そんなある日、勤めていた幼稚園を辞めて音楽療法の専門学校に通いはじめていた金本さんは、学校の卒業生でパッチ・アダムスの来日ボランティアに携わっていたという男性と偶然知り合ったのだ。一気に運命の扉が開いた瞬間。そして彼女はパッチが主催するロシアでの“クラウンツアー”に参加することになる。

 ケアクラウンとしてロシア全土の施設を巡るツアー。英語もロシア語もできず、ましてやケアクラウンとしての知識もなにもないままに参加したのだが、実際に会ったパッチは2mを超える大きな体で優しく金本さんを包み込んでくれたそうだ。私からすれば、いきなりツアーに参加するという行動力に驚かされてしまう。でも、映画を観て、この人に会いたい!と思った気持ちは、それだけ強かったということだ。

 パッチは彼女の話にじっと耳を傾けた。彼は人と話すときには必ずその人の目を見て、体を真っ直ぐ相手に向けるそうだ。決して横を向いたりはしない。「今思うと、私の話を聞いてくれる人に出会いたかったんですよね」金本さんはそう振り返る。とてもシンプルなこと。でも、とても大切なこと。それに気づかせてくれたのがパッチだった。

 その後、ロシアだけでなく様々な国の“クラウンツアー”に参加してきた金本さんには忘れられない出来事がある。チベットで重度の高山病にかかってしまい生死の境をさ迷っていた金本さんに、パッチは4時間つきっきりで話しかけてくれたという。「スキヤキ」「オオサカ」「マツオバショー」…片言の日本語をつぶやき続け、時に子守唄を歌ってくれたそうだ。なぜ「マツオバショー」?そこで私は大笑いしてしまったが、実はパッチは日本文学に精通してるんだとか。なるほど、と納得しつつ、私は思わず映画のワンシーンを思い出していた。頑固者の患者さんにしつこいくらいに笑いのシャワーをあびせ続け、やっと心をひらいたその患者さんが死にゆく時、枕元のパッチにお礼を言うシーンだ。あの映画に描かれていたパッチ・アダムスはそのままの人だったんだと、なんだか嬉しい気持ちになった。

 チベット高山病事件を経てさらに繋がりが強くなった金本さんとパッチ。現在では彼が来日する際のアテンドも引き受けている。もちろん、彼女が今の仕事を続けているモチベーションになっていることも確かだ。

「パッチに出会えたことは、人生最大のギフトですね」笑顔でそう言いう金本さんに最後にこんな質問をしてみた。「パッチになりたいと思ったことはありますか?」

「ありましたよ。でも、メンタルコーチの仕事で人にアドバイスをする中で気づかされたことがあります。それは、私には私にしかできないことがあるということ。パッチはパッチにしかできないことをやっています。私はパッチにはなれないし、パッチも私にはなれない。だから、私は自分のやり方で人に元気をあげたいし一緒に歩いていきたいと思っています」

 金本さんの人生を変えた1本の映画。彼女の言葉をかみしめながら、今一度この作品を観てみたいと思った。

 

(文・写真 河村由美)

 

NTM

 

*病院や高齢者施設、障害者施設、児童福祉施設などに笑いを届けるために訪問するクラウン(道化師)のこと。金本さんは「医療現場にユーモアと愛に満ち溢れたコミュニケーションを取り入れる」というパッチ・アダムスのコンセプトのもとで活動しています。

金本麻里子さんブログ http://ameblo.jp/ureshiina3/

 

『パッチ・アダムス』

監督:トム・シャドヤック

出演:ロビン・ウィリアムズ ダニエル・ロンドン モニカ・ポッター 

フィリップ・シーモア・ホフマン 他

発売日(レンタル開始日):20120509

税抜価格:1,429円+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

2014/02/15

コメント: 2
  • #2

    河村由美 (火曜日, 18 2月 2014 21:59)

    カオルさん、コメントありがとうございます。1本の映画が人生を変えることもある…そのこと自体がとても嬉しかったのですが、金本さんの言葉ひとつひとつがあまりにキラキラと輝いていて、私も心動かされました。

  • #1

    カオル (土曜日, 15 2月 2014 11:58)

    おもしろい。感動を与えます。

movie

#21 『ワレサ 連帯の男』

©2013 AKSON STUDIO SP. Z O.O., CANAL+CYFROWY SP. Z O.O., NARODOWE CENTRUM KULTURY, TELEKOMUNIKACJA POLSKA S.A., TELEWIZJA POLSKA S.A. ALL RIGHTS RESERVED
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 つい先日88歳になったばかりのポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督。『地下水道』(1956)『灰とダイヤモンド』(1958)をはじめ、ポーランドの歴史、そして戦争の悲劇を扱った重厚な作品を数多く残してきた。カンヌやヴェネツィアなど国際映画祭での受賞歴も多く、第72回アカデミー賞名誉賞も受賞している。名実ともに世界的な巨匠だ。

 ワイダ監督は、ある時期ポーランド国内で映画制作ができなかったことがある。1981年『鉄の男』でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した頃、彼は独立自主管理労組「連帯」の運動に関わっていた。共産主義国家だったポーランドを“自主管理共和国”に改造することなどを求めた「連帯」だったが、その年に戒厳令がひかれ「連帯」は非合法化されて中心的メンバーのほとんどが逮捕されたのだ。

 ワイダ監督も、映画人としての職をおわれてしまう。

 その後1983年に戒厳令は停止され、政府は「連帯」との妥協の道を探ることになる。

 一連の動きは東欧民主化の口火を切った出来事として歴史の大きな転換点となり、ワイダ監督にとっても「連帯」とこれを先導していたレフ・ワレサとの出会いは人生の大きな転機となった。

 ポーランドの英雄レフ・ワレサとはどんな人物なのか?

 ワイダ監督がかつての盟友に対して「自分にしか描けない」と意欲を示したのがこの作品だ。

 レフ・ワレサは「連帯」の初代委員長として1989年にはポーランド初の部分的自由選挙で「連帯」を勝利に導き、非共産主義政権発足後の1990年、大統領に就任した人物だ。本作では、電気工だった彼がストライキを先導するようになり、ついにはグダンスクにおける「連帯」の闘いへと入っていく様子を、家族との日々を交えて描いている。

 伝記映画というともちろん過去の出来事を映し出していくわけだが、あたかも自分が同じ歴史の瞬間を体験しているかのような気にさせてくれるのは、さすがワイダ監督の手腕である。歴史的に重要なシーンではニュース映像などのアーカイヴを本編と巧くシンクロさせ、主演のロベルト・ヴィェンツィキェヴィチには徹底的にワレサになりきることを要求した(そして彼は見事にそれに応えている!)

 フィクションとノンフィクションが違和感なく混ざり合っていることで、すんなりと物語の中に入り込んでゆけるのだ。今、この映画を「全ての人々にみてほしいが、まずは若者だ」と語るワイダ監督が、難解さを排除して徹底的に“見やすさ”にこだわった結果のようにも思える。ロックやレゲエなど、80年代当時に流行っていた音楽を多用しているのも、そのひとつかもしれない。

 とりわけ、ワレサという人物の内面の多様性を丹念に描き出しているのが興味深い。物語は一人の記者がワレサの元を訪ねるシーンからはじまるが、そのインタビューで彼が語る自身の高慢さと権謀術数的な駆け引きは、これこそが民衆を先導する強烈なリーダーシップの源だと実感させる。そして、妻や子供たちにみせる深い情愛やユーモア、表には出さない恐怖…。彼がいかに複雑なパーソナリティーを持ち、なおかつ己に打ち克つ強さを持ち合わせていたのか、それはワイダ監督がなぜ彼に惹かれたのかということにもつながるのだろう。一人の労働者がなぜ指導者になり得たのか?その疑問を解く鍵でもある。

 また、妻グヌタの存在をクローズアップしているのが、女性としては嬉しい点だ。家族の支えがいかにワレサを勇気づけたか、そして一番近くにいる家族を幸せにできない男に、国を変えるような大仕事はできないはずだ。そのことをしっかりと描いたことも、ワイダ監督からの後世へのメッセージのように感じる。

 まさに巨匠ワイダ監督の集大成ともいえる渾身の1本。一方で、現在も活動を続ける人物を映画にするというのは様々な意味で困難な道のりでもあった。「私はこの映画を作りたくない。しかし、私には作る義務がある」という、記者会見での発言が印象深い(もっともこれは、ワレサが大統領選に出馬する際に言った「私は大統領になりたくない。しかし、大統領になる義務がある」をもじっているのだが)

「連帯」以前、ワイダ監督はポーランドの政治状況が変わることはあり得ないと思っていたという。そして、これ以上変わらない国家の中で生活し続けることはできないとも思っていたそうだ。でも、ポーランドは変わった。ひとつの国が大きく変わるその瞬間のダイナミズムをこの映画は映し出す。しかし、それを作り出すのはワレサやワイダ監督のような勇気ある個人の一歩なのだと痛感させられた。

 日本は今、大きな転換点に立っていると思う。“強力なリーダーシップ”が必要だと言われてきたが、それが間違った方向に舵を切ってはいまいか?私たちは傍観者でばかりはいられない状況に立たされている。

 

(文・河村由美)

 

NTM

 

2014年4月5日 岩波ホールほか全国順次公開

 

監督:アンジェイ・ワイダ

出演:ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ、アグニェシュカ・グロホウスカ、

マリア・ロザリア・オマジオ 他

配給:アルバトロス・フィルム

 

2013年/ポーランド/127

2014/03/08

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