movie

#17 『キューティー&ボクサー』

©2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.
©2013 EX LION TAMER, INC. All rights reserved.

 夫婦ってなんなのだろう?

 仲が良いのか悪いのか?

 愛しているのかいないのか?

 NY在住40年。日々ケンカばかりの芸術家夫婦、その軌跡と新たなる挑戦を4年以上にわたって追い続けた、ちょっと滑稽で滋味あふれるドキュメンタリー。

 

(文・河村由美)

 

 この2人、本当にケンカばかりだ。妻の料理を素直に褒めない夫、生活費が足りないとボヤく妻…。日常のささいなことで静かに言葉を闘わせる2人の姿は、よくある熟年夫婦のそれであり、2人が芸術家であるということを忘れてしまうくらい。どんな夫婦にも長年の間にいくつものしこりやわだかまりができるものだろうが、彼らの場合も、結婚生活は苦労の連続だった。

 NYに渡ったものの、有司男の作品はアメリカではほとんど理解されず、生活は困窮。生活力ナシ、責任感ナシ、しかも有司男は昔アル中で息子にも悪影響を及ぼした。そして、乃り子はそんな夫と息子のために、自身の芸術活動を控えてサポート役に回ってきたのだ。

 一方で、根っからの芸術家である有司男は、NYアート界に果敢にチャレンジし続け、80歳になった現在でもそれは続いている。創作こそが彼の全てであり、情熱的で、芸術に対しては純粋無垢。トレードマークだった“ボクシング・ペインティング”を30年間封印し、常に新しいアートを求めてきた。日本に帰って名声に酔いしれることもできただろう。

 でもそれをしなかったのは、芸術家としてのプライドであり若き日の反骨精神を忘れなかったためだ。

 そんな有司男の一番の理解者であったのは、やはり、乃り子である。作品の値段について「この作品が30万円?少なくとも100万円は値がつかなきゃ」などと発言したかと思えば、ある作品を見て「どうして(この部分が)こんなに大きいの?いらないわ」と辛辣なことをさらっと言ってのけたりする。彼女のアドバイスは嘘がなく率直だ。

 しかし一方で、アーティストとしての彼女は有司男へのコンプレックスでいっぱいだったとも。せっかくNYにやってきたというのに長い間作品を作れない状況で、自由気ままな有司男の傍にい続けることには歯痒い思いもあったはず。

 どうして離婚しなかったのだろう?と思ってしまうが、彼女はこんな風に言う「もしあなたにお金があったら、他の女性を雇えるのにね。世話をしてくれるアシスタントを。(中略)お金があったら、私はお払い箱でしょ?」そう、他でもない乃り子の方が有司男を必要としていたのだ。これを愛と呼ばずになんと言おう?この会話がなされた時の、有司男のなんともいえない表情が 

忘れ難い。嬉しいような照れているような戸惑いの表情…まるで初恋の人を前にどうしていいのか分からない少年のようだった。

 乃り子は、近年本格的にアートの世界に帰ってきた。それが“キューティー・シリーズ”だ。自身の分身である“キューティー”と、有司男をモチーフにしたキャラクター“ブリー”の物語を綴った絵画シリーズで、作品には毒と愛が同じくらいの分量で盛られている。

 この作品に行きつくまでの道程を振り返る乃り子の口からは「自分のアートが生まれるためにはこれまでのことが必要だったんだと思う。(人生を)もう一度最初からやれと言われたら、きっとやると思います」という言葉。実に力強くて迷いのない口調に、苦楽を経てきた女性の気高さを見た気がした。

 そして、2人の思いは奇跡的に美しいスパーリングシーンへと結実する。互いの体を打ち合う“ボクシング・ペインティング”。時に激しく時に優しく繰り出されるパンチで、2人の体が色とりどりの絵の具に彩られてゆ 

く。ラストに登場するこの新しいアートは、熟年芸術家夫婦の共同作品でもあり愛の証でもある。 長い時間をかけて2人が辿り着いた境地。ここからまた新たな道のりがはじまるのだろう。ケンカしながらてくてくと…。エンドロールを見ながら、これからの2人を想像してひとり微笑んでしまった。

 

NTM

 

 

http://www.cutieandboxer.com/

12/21(土)シネマライズほか全国ロードショー

 

監督:ザッカリー・ハインザーリング

出演:篠原有司男 篠原乃り子 ほか

配給:ザジフィルムズ、パルコ

 

2013/アメリカ/82

夫:篠原有司男(うしお)(80)

ニックネームは“ぎゅうちゃん”。1960年に吉村益信、荒川修作、赤瀬川原平らと共に前衛芸術グループ「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」(通称:ネオダダ)を結成し、その破天荒な作風と人柄で注目を集める。日本で初めてモヒカン刈りにしたアーティストであり、岡本太郎には「ひたむきなベラボウさ」と評された。雑誌の取材で彼のもとを訪れた大江健三郎に「何かやってみろ」とけしかけられたのを機に“ボクシング・ペインティング”(両手に布を巻きつけて墨汁に浸し、壁に張り付けた紙に拳を打ちつけてゆく)を確立するなどアート界に数々の伝説を残して、1969年、単身NYへと移住する。

妻:篠原乃り子(59)

1972年、19歳の時にアートを学ぶためにNYに渡り、21歳年上の有司男と恋に落ちる。翌々年には長男、アレックス・空海が誕生し、子育てと生活に没頭。1981年にグループ展を開くまでは実質的に創作活動ができない状態に。1994年に小説「ためいきの紐育」を出版し、日本における初個展が開かれた。近年は“キューティー・シリーズ”プロジェクトを手がけている。

2013/12/14

コメント: 0

movie

#18 『鉄くず拾いの物語』

 2013年ベルリン国際映画祭で審査員のウォン・カーウヮイやティム・ロビンスに熱狂的に迎えられ、審査員グランプリ・主演男優賞・エキュメニカル賞特別賞の三冠に輝いた映画である。何より驚いたのは、主演男優賞を獲得したナジフ・ムジチは演技経験ゼロ、ボスニア・ヘルツェゴビナの小さな村に暮らし、実際に鉄くず拾いを生業にしている男性だったことだ。なぜ、このようなサクセスストーリーが実現したのだろうか?

 

(文・河村由美)

 

 プロジェクトの発端は、監督のダニス・タノヴィッチが、新聞でナジフ一家に起こった出来事を知り、一家に会いに行ったことにはじまる。

 少数民族ロマの一家は、ナジフと妻のセナダ、そして2人の可愛らしい女の子の4人暮らし。ナジフは拾ってきた鉄くずを売って一家を養っている。貧しいながらも穏やかに暮らしていたある日、セナダが激しい腹痛を訴え、ナジフは妻を病院に連れて行く。診断は流産で、お腹の中にそのままになっている胎児を取り出さなければセナダの命が危ないという。事は急を要するにもかかわらず、保険証を持っておらず高額な費用が支払えないために、セナダは病院から手術を拒否された。

 この記事にタノヴィッチ監督は怒りを覚えた。そして、映画にしなければと強く感じたのだ。

 最初にナジフ一家に会いに行った時には、監督に具体的なプランはなかったという。温かく迎えてくれた一家も、映画にしたいという話を聞いて少し怯えていたようにも見えたそうだ。そして後日、監督はさらに大胆な提案をする。ナジフたちに本人役で映画に出演してくれないか、というのだ。しばらく悩んだようだが、一家は出演を快諾。さらに、近所に暮らす人々や親せきなども出演してくれることが決まり、彼らが実際に暮らす村でロケが行われ、ドキュメンタリーとドラマの中間のような新しい手法の映画が誕生することになった。

 映像の生々しさや臨場感はドキュメンタリーそのものだが、しっかりカット割りされていたりすると「あぁ、ドラマだったっけ」と思わせる。何より主人公であるナジフとセナダがあまりにも自然体で、セリフのひとつひとつは彼らが実際に放った言葉なのだからこの上なくリアルだ。表現力豊かな出演者に恵まれたことはラッキーだったにせよ、一家に起こった理不尽な出来事をありのままに伝えたいという監督の構想は、この手法によって見事に実現されていると思う。

 1992年のボスニア紛争勃発と同時にボスニア軍に参加したタノヴィッチ監督は、最前線で300時間以上の映像を撮影し、それらはルポルタージュやニュース映像として世界中で放映された。その後、2001年にボスニア紛争を描いた『ノー・マンズ・ランド』で映画監督としてデビュー。この作品がアカデミー賞外国語映画賞受賞をはじめ世界各国で賞賛されるなど、常に母国の現状を世界に伝え続けてきた人物だ。

 そんなタノヴィッチ監督の目に映る現在のボスニア・ヘルツェゴビナは「社会的に恵まれない人々から目を逸らし、自分たちを取り囲む恐怖を見て見ぬふりをするような社会(プロダクションノートより抜粋)」になってしまったという。

 紛争後のボスニア憲法では、主要3民族(ムスリム系、セルビア系、クロアチア系)以外のナジフたちロマを含む人々は「その他」とひとまとめにされ、彼らは決して大統領にはなれない。こうした法律上の差別もさることながら、民間レベルでの差別や偏見も根強く、今回のケースのように非人道的な出来事も珍しくはないそうだ。

 しかし、ここではたと思いつく。これはボスニア・ヘルツェゴビナだけでなく世界の多くの国が同じ問題を抱えているのではないか。富める者と貧しき者の差、生まれながらの身分の差、健常者と障害者の差…私たちの生きる世界には多くの差別が存在し、多くの人が日々闘っている。いや、闘うことすらできずに泣き寝入りしている人の方が多いだろう。そして最も問題なのは、誰の心にも潜在的に“差別する”気持ちが巣食っていることかもしれない。身近な誰かを見下してはいないか、外見や肩書で人を判断してはいないか、蓄積した小さな差別の気持ちはいざという時に行動となって現れる。この映画が訴えているのは世界共通のテーマなのだ。

 愛する家族のためにナジフがとった精一杯の行動。何をどうしていいのか分からず右往左往する姿も含め、それらはひどく現実的で、だからこそ共感できるところが大きい。実話を本人が演じる。作りもののドラマではないからこそのリアリティーによって、誰もが自分のことに置きかえて観ることができるだろう。まずは共感し、そして、この家族の幸せを願う気持ちが沸き起こって私たちの中の潜在的な差別意識を少しでも変えてくれるとしたら、それこそがタノヴィッチ監督が本当に伝えたいことだったのだと思う。

 病院で手術を拒否されたセナダだが、今は元気に暮らしている。(映画に出演できるくらいに!)ナジフは今や地元のヒーローとなり、めでたく保険証を手に入れた。そしてベルリン国際映画祭に招かれた一家には、なんと新しい家族が増えていた!名前は“ダニス”。監督の名前からとったそうだ。

 

NTM

 

1月11日(土)より新宿武蔵野館、2月1日(土)より梅田ガーデンシネマ他、全国順次ロードショー

 

監督・脚本:ダニス・タノヴィッチ

出演:セナダ・アリマノヴィッチ ナジフ・ムジチ ほか

配給:ビターズ・エンド

2013/ボスニア・ヘルツェゴビナ=フランス=スロベニア/74

2014/01/11

コメント: 1
  • #1

    高橋 (月曜日, 13 1月 2014 16:43)

    記事を読んで、映画を見たくなりました。ありがとう。