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#15 『母の身終い』

© TS Productions - Arte France Cinema - F comme  Films - 2012
© TS Productions - Arte France Cinema - F comme Films - 2012

 人生をどう終えたいか?こればかりは自分でコントロールできないのがもどかしいが、できることなら他人に迷惑をかけず苦しむことなく穏やかに逝きたいし、最期の一瞬まで人間としての尊厳を持って生きたいとも願う。

 本作は、脳腫瘍を患い自ら安楽死を選んだ女性とその息子の物語である。

 オランダやベルギーなどヨーロッパには安楽死が法制化されている国が多いが、映画の舞台となっているフランスにおいては、法制化の動きはあったもののこれまで否決されてきた。そこで主人公イヴェットは、スイスでの安楽死を選択するのだ。

 スイスでは、自国民のみならず「厳しい条件付きながら」外国人の終末患者も受け入れている。主に末期ガンの患者が多いそうだが、安楽死(=自殺ほう助*)の世話をするためのNPOがあり、希望者はまずこのNPOの会員となって、自死を希望する4か月前までにカルテや自分の意志など詳細な資料を送るのだ。本部がこれを精査し法律に照らし合わせた上で、クリアとなれば、希望者はスイスにある「看取りの家」と呼ばれる施設に行く。実際に「看取りの家」に入ってからも、医師の診察や本人の意思確認が繰り返し行われ、5日間かけて熟考された後、強力な鎮静剤が処方されて自身で服薬、約40分程度で亡くなるのだという。

 このような制度があると知り、私は大変驚いたし戸惑う部分も多かった。皆さんの中にも賛否両論あることと思う。まず、他国で命を絶つことが本当に安らかな死につながるのかということ。そしてもちろん、安楽死そのものに対する考え方も様々だろう。助かる見込みがないからといって自ら死を選ぶことが本当に正しいのか?本人だけの問題でなく家族や友人の気持ちも大切だし、宗教上の問題を挙げる人もいるだろう。

しかし、ひとつの選択肢としてこのような現実もあるということで、本作の中でその賛否が問われるものではない。

 脚本も手がけたステファヌ・ブリゼ監督はインタビューでこう語っている。「自殺ほう助はこの映画の主題ではありません。(中略)親子が、手遅れになる前にお互いの関係を修復し、人生に必要な言葉を交わせるかどうかということが、物語を語る上で非常に強調される要素となります」(プロダクションノートより)

 イヴェットは息子に相談することもなく密かに安楽死の書類にサインをしていた。というのも、トラック運転手だった48歳の息子アランは、出来心から麻薬密輸に手を出して服役していたからだ。出所後、引き出しから書類を見つけて狼狽するアラン。当然だろう。もしも自分の母が治療を諦めて死を選ぶなどと言い出したら…私だったらおそらく必死で止めるはずだ。しかし、この親子の間には長年にわたる確執があり、互いに素直になれずにいる。2人の暮らしはぎこちなく、小さな諍いも絶えなかった。そんな時に母親の決意を知ったアランは…。残されたごく僅かな時間の中で、2人は愛情と信頼を取り戻すことができるのか。もどかしくも情感豊かに描かれる親子の絆。

 この不器用な親子の姿を通して、愛情の形や表現方法は人それぞれなのだと思い知らされた。そして時間は無限ではないのだということ。人は限られた時間の中で何ができるのか。2人が教えてくれるのは、「どう死ぬか」ということよりもむしろ「どう生きるか」ということなのである。

 

NTM

(文・河村由美)

*日本においては1995年に横浜地裁で判決が下された「東海大学事件」で安楽死の3類型が示されました。患者が苦しむのを長引かせないため、延命治療を中止して死期を早めることを「消極的安楽死」、苦痛の除去・緩和を主目的とする医学的適正性を持った治療行為であるが、同時に、生命の短縮が結果として生じることを「間接的安楽死」とし、この2つをあわせて「尊厳死」と呼びます。また苦痛から患者を解放するために意図的・積極的に死を招く医療的措置を講ずることを「積極的安楽死」とし、これを一般的に「安楽死」と呼びます。

 

11/30(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー

 

監督・脚本:ステファヌ・ブリゼ

出演:ヴァンサン・ランドン エレーヌ・ヴァンサン エマニュエル・セリエ

配給:ドマ/ミモザフィルムズ

2012/フランス/カラー/108/ビスタ/ドルビーデジタル

 

http://www.hahanomijimai.com/

 

2013/11/16

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#16 『少女は自転車にのって』

© 2012, Razor Film Produktion GmbH, High Look Group, Rotana StudiosAll Rights Reserved.
© 2012, Razor Film Produktion GmbH, High Look Group, Rotana StudiosAll Rights Reserved.

 自転車に乗れるようになったのはいつ頃だっただろう?

 あの風を切る爽快感を初めて味わった時の感触は今でも覚えている。そして「今、私はこの乗り物を自分で操っているんだ!」という満足感。嬉しすぎて調子に乗り、派手に転んで前歯を折るというおまけ付きの想い出だ。我ながらなかなかお転婆だったと思う。

 少女が自転車に乗る、というシンプルな物語。日本が舞台なら「だから?」という話だが、今作の舞台は中東サウジアラビア。女の子が自転車に乗るなんてご法度、という国でのお話だ。

 イスラム教の国サウジアラビアでは、女性は、親族以外の男性がいる場所ではアバーヤと呼ばれる黒い布で全身を覆い、ヒジャブという黒いスカーフで髪を隠す。男性に肌を見せることは厳禁なのだ。学校はもちろん男女別学。結婚前の男女交際が禁じられているどころか、近所の男の子と遊ぶことすら許されない。女性には参政権がないし*、男性のいる職場で働くこともできない。とにかく、女性にできないことが多すぎる社会なのだ。

 そんな因習に静かに抵抗する10歳の少女ワジダが、今作の主人公。みんなと違う靴を履いてみたり、こっそり男の子と遊んでみたりと彼女のプチ反抗は日常茶飯事なのだが、ある日、偶然見かけた緑色の自転車に一目ぼれしたワジダはどうしても自転車が欲しくなり、あの手この手でお金を稼ごうとする。先生や親に叱られても決してめげない。そんな中、学校で行われるコーランのコンテストに優勝すると賞金がもらえると知ったワジダは、それまで消極的だったコーランの暗誦に精を出すのだが…。

 たくましくもしたたかに生きるワジダの姿に、サウジアラビアの女性たちが内に秘めるハングリー精神を垣間見た気がした。最近では、アバーヤの下は流行のファッションや豪華なアクセサリーで着飾っている女性も多いとか。表には出せないけれど、美しくそして自由でありたいという欲求は誰もが持っているはずだ。

 実は、今作はサウジアラビア初の女性監督作品として注目されている。39歳のハイファ・アル=マンスール監督はサウジアラビアに生まれ、カイロ・アメリカン大学卒業後、帰国していくつかの短編映画を制作。その上映時にアメリカ人外交官の夫と出会い、結婚後オーストラリアに移ってシドニー大学で映画学を学んだという、かなり先鋭的なサウジ女性だ。映画館のない国に生まれながらも、幼い頃から両親がビデオで映画を見せてくれていたことが映画制作の素地になっている。

 長編デビューとなる今作は、全ての撮影をサウジアラビア国内で行った。しかし女性監督と知れたらどんな因縁をつけられるか分からないため、撮影車のバンの中に隠れて無線で指示を出していたのだという。また、公の場に出てくれる女性を探すのも困難で、キャスティングにも苦労したそうだ。「制作プロセスの一つ一つが冒険のような経験でした」と彼女は振り返る。それでもこの作品を世に出した功績は計り知れないし、その勇気を称えたいと思う。

 マンスール監督は、一見シンプルな物語の中に複雑な社会問題や口に出せないサウジ女性の気持ちを丁寧に織り込んでいる。例えば、ワジダの母の苦悩。夫との間に男の子が生まれず、夫は第二夫人をめとろうとしていた。サウジアラビアでは、男性は同時に4人までの女性と婚姻関係を結べる一方で女性に選択の自由はなく、ワジダの母も現実を受け止めるしかないのだ。せめて結婚式で新しい妻に見劣りしないようにと綺麗な色のドレスを買ってみたりするのだが、鬱々とした気持ちが晴れることはない。

 さらに、ワジダの父の場合は経済的に2つの家庭を維持することができないため、実質的には母が生計を立てなくてはならない。父が唯一お金を出しているのは、母が通勤するのに使う運転手の賃金だけ。女性はひとりで外を歩けないので通勤には車を使うしかないのだが、車の運転もまた、女性には禁じられている。お金があれば専属の運転手を雇うこともできるが、母はより安い乗り合いタイプを利用していて、意地悪な運転手に悩まされている。しかも職場までは片道3時間。なんとも八方ふさがりな感じだ。しかしこれが、監督が描きたかったサウジ女性の現実なのだろう。厳しいというより、どうにもできないもどかしさがつきまとう。

 こういった現実を見せられた後だからこそ、少女が自転車に乗るというありふれた情景がことのほか爽快に感じられる。たかが自転車、されど自転車。この一歩、いや一漕ぎはサウジ女性にとっては大きな前進なのだ。そして、風を切る爽快感を知ったワジダが大人になった時、きっと新しい扉が開かれると信じたくなる。

 

NTM

(文・河村由美)

 

*2015年からは女性も地方選挙に参加できる予定。

 

20131214日(土)岩波ホールほか全国順次ロードショー

監督・脚本:ハイファ・アル=マンスール

出演:ワアド・ムハンマド リーム・アブドゥラ 他

配給:アルバトロス・フィルム

2012/サウジアラビア・ドイツ合作/97

http://shoujo-jitensha.com/main.html

 

2013/11/30

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