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#32『天才スピヴェット』

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『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督最新作…というだけで映画ファンの心はときめいてしまう。キュートでちょっと風変わりなアメリというキャラクターを生み出した奇才が新たに手がけたのは、10歳の天才少年スピヴェットの物語。

 

(文・河村由美)

 

 読者のみなさんも、子供の頃に一度くらいは家出したいと思った(または実際に行動した?)ことがあるだろう。大抵は”親に怒られた”とか”兄弟ゲンカした”とかで「こんな家、出て行ってやる!」ってことになるんじゃないかと思うが、この映画の主人公T・S・スピヴェットの家出は、理由がすごい。なんと、小学生ながら権威ある科学賞を受賞し(もちろん普通は大人の天才科学者が授賞するものだ)授賞式でスピーチするために、家族に内緒でモンタナからロサンゼルスへとアメリカ横断の旅に出るのだ。

 スピヴェットの家族をご紹介しておこう。憧れのカウボーイ生活を送る時代遅れな父親と、昆虫学者の母親、アイドルになるのが夢の姉、そして双子の弟の5人で田舎の農場に暮らしている。母は昆虫研究のフィールドワー

© ÉPITHÈTE FILMS – TAPIOCA FILMS – FILMARTO - GAUMONT - FRANCE 2 CINÉMA
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クのためだけにこの田舎町に暮らしているようだし、それぞれ個性の強いキャラクターで興味の矛先はバラバラ。スピヴェットの天才ぶりにも家族はあまり興味がなさそうだ。弟とは仲良しだが、スピヴェットと違ってカウボーイの素質充分の弟はいつも父を喜ばせているので彼は少し引け目を感じていた。ところがある日、その弟が不慮の事故で亡くなってしまう。そんな状況だったこともあり、スピヴェットは授賞式のことを家族に言わずに家出と相成った。荷造りもルートも完璧に練り上げて貨物列車に乗り込んだまではいいが、たった一人の初めての旅。行く手には数々の冒険が待っていて…

 10歳の天才少年、しかもこれだけ可愛いとくればさぞかし生意気な奴だと思うかもしれない。ところが、スピヴェットはとても純粋で優しい男の子。たしかに10歳にしては少々弁が立ちすぎるし、自分より知能が低い学校の先生をからかってみたりもするが、たっぷりの茶目っ気と愛くるしい容姿も手伝って周囲の人をすっかり夢中にさせてしまう。おそらく私たち観客も。そして、ジュネ監督も。先日、スピヴェット役のカイル・キャトレット君と一緒に来日したジュネ監督が語ったところによると、カイル君は台詞も完璧だし自分なりの”間”をもってスタッフを唸らせたこともあったそうだ。まさにスピヴェットを地でいく”天才俳優”ぶりに、監督自身もメロ

メロという感じだった。『アメリ』のオドレイ ・トトゥがそうだったように、カイル・キャトレットもきっと世界中を虜にすることだろう。

 それにしてもジュネ監督らしいビジュアルへのこだわりはさすがだ。劇場によっては3Dで楽しめるので、ポップアップ絵本のような遊び心とアート感覚に溢れる映像をぜひ堪能して欲しい。

 ビジュアルはもちろんのこと、テンポ良いストーリーテリングとくすくす笑っちゃう軽妙なダイアログが作品全体をハッピーなカラーで彩っているが、作品の魅力はそれだけではない。スピヴェットの心には大人が気づかない“ある想い”が眠っていて、物語は予想外の方向へとぐっと深みを増してゆく。家出の理由は思ったより複雑だったのだ。

 はじめは突飛な天才少年としか感じられなかったスピヴェットのことを、気づけば親戚のおばちゃんのような視線で見ている自分がいて、最後にはぎゅっと抱きしめたくなってしまった。人間の価値は知能や知識だけでは決まらない。なぜ、彼は愛すべきスピヴェットたりうるのか?その答えは案外シンプルで、だからこそ胸を打つのだろう。  

 

NTM

© ÉPITHÈTE FILMS – TAPIOCA FILMS – FILMARTO - GAUMONT - FRANCE 2 CINÉMA
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11月15日(土)シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー(3D/2D)

 

監督:ジャン=ピエール・ジュネ

出演:カイル・キャトレット ヘレナ・ボナム=カーター ジュディ・デイヴィス 他

配給:GAGA

2013年/フランス・カナダ/105分

 

http://spivet.gaga.ne.jp/


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