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NTM特集第5回:ホームレス・サッカー

2013/07/13


 東京・曙橋の古い商店街をぬけ入りくんだ住宅街を進んで行くと、小さな町の公園がある。その決して広くはないグラウンドで6月のある土曜日、サッカー“日本代表”入りを目指す選手が練習を行っていた。

 チームに分かれ、砂埃をもうもうと立てながらボールを追う。

「ボールを持ったらまず、仲間を探すことだよ」

 監督が選手のひとりに指導する。一心に走り回り息のあがった選手は、監督の言葉に真剣な表情でうなずいた。

 彼らが選抜入りを目指すのは、ホームレス・ワールドカップ日本代表チーム野武士ジャパン。私たちの、もう一つの日本代表だ。

 

もう一つの“日本代表”

 ホームレス・ワールドカップというものをご存知だろうか。その名のとおり、ホームレスの人たちが戦うストリートサッカーの世界大会だ。もちろんわが日本にも代表チームがある。しかし、世界の壁は厚い。

「メキシコは1万5千人の中から8人を選抜してくる。世界のレベルはとても高い」とNPO法人ビッグイシュー基金の長谷川知広さんが話してくれた。

 ホームレス・ワールドカップが始まったのは2003年。ホームレス状態の人が一生に一度だけ選手として参加できる大会で、毎年開催されている。一生に一度と決められているのは、参加者がサッカーを通してホームレス状態から脱することを大会の目的としているからだ。

 日本代表・野武士ジャパンの世界大会出場は3回。2004年スウェーデン大会、2009年ミラノ大会、2011年パリ大会とつづき、2012年には韓国の代表チームとソウルで日韓戦を開催した。

  国際大会参加の具体的な意義としてパスポートを取得することがある。失ってしまった戸籍や住所をその手続の過程で取り戻すことができる。容易な作業ではなく何ヵ月もかかるが、社会復帰、就職活動への大きな一歩となる。

 ミラノ大会に出場経験のある佐々木善勝さん(39)。かつてはネットカフェを転々とするホームレス状態にあった。バイトとはいえ自分の仕事と住所を持つようになった現在も、チームの練習に参加している。

「幻で終わったんだ、俺のシュートが」と、佐々木さんは悔しそうに人生で一度の世界大会を振り返った。「あれは確か、カザフスタンの選手が2年連続で出たらしくて不正が発覚して(試合が無効に)。それで俺のシュートが幻で終ったのよ。決めたんだけど」

「僕たち、日本代表目指してるから」

 残念ながら野武士ジャパンは未だ世界大会で一勝を上げたことがない。おととしのパリ大会では16人から選抜した選手が戦ったが、48チーム中48位。「自力の一勝」が


NPO法人ビッグイシュー基金提供資料より作成
NPO法人ビッグイシュー基金提供資料より作成
ミラノ大会出場 佐々木善勝さん
ミラノ大会出場 佐々木善勝さん

チームの悲願だ。

 現在監督の蛭間芳樹さんがホームレス・サッカーと出会ったのは2009年。ビジネスパーソン向けのスクール「日本元気塾」のケーススタディの一環で、雑誌『ビッグイシュー日本版』の販売体験をしたことがきっかけだった。『ビッグイシュー日本版』はホームレスの人たちに仕事を提供することを目的として2003年に創刊された。一冊300円の雑誌を路上販売すると160円が販売者の収入になる。

「新宿だったかな。ホームレスの販売者さんが売っていて、私はその横でサポートをした。その販売者さんが野武士の選手だった」

 今度の週末サッカーの練習があるから来ないか、そう誘われた。

「まあ、意味がわからなかった。あなたホームレスで、なんでサッカーやっているのって。でも『僕たち日本代表目指してるから 』って言う」

 もともとは野球少年だったという蛭間さん。子どもの頃Jリーグが始まり、カズダンスを見て以来サッカー一筋だ。もう一つの顔は、日本政策投資銀行BCM格付主幹。企業の危機管理や事業継続能力に投資価値を見出す新しい金融商品の専門家である。

「私の興味は危機管理やレジリエンス(回復力)。この会社が有事になったときに、生き残れるかというところに興味がある」と、蛭間さん。

「事前に対策をしている会社は社会的な価値もあるし競争力もあると言えるが、それは通常の金融取引や投資判断では用いられない非財務情報。平常時には一般の投資家や銀行にはわからない。あえてそこに焦点をあてながら企業の本来の姿、有事の底力を見ていこうという金融商品を作った」

 それは、私たちの社会やコミュニティの危機管理能力という価値にも通じるものだという。

「ホームレスや社会保障の問題は、日本の社会や指導的立場の人にとって都合が悪い。トレードオフ(二律背反)や価値判断を伴う問題なので、あまりやりたがらない。でもやらないといけない」

 NPO法人ビッグイシュー基金では2008年のリーマンショック以降、若いホームレスが増えていることに危機感を抱いている。2010年度には2030代のホームレス50人に聞き取り調査をした「若者ホームレス白書」を発行。そのなかで「ひきこもり70万人(10年内閣府調査)、若年無業者(ニート)63万人、フリーター178万人(いづれも09年労働力調査)が存在しており、あわせて311万人もの若者」が潜在的若年ホームレスとして控えていると警告する。

 もはや生活の保障など誰にも約束されない時代。ホームレス状態になるかどうかの垣根は、私たちが思っているよりもずっと低い。

「彼らが将来の日本社会に与えるインパクト」を蛭間さんは考える。

 

サッカーは社会を変えられるか 

「万、万が一、ニートやネットカフェ難民の人たちが就職や自立ができなくて社会保障を受ける立場にごっそりと高齢化してしまったら。それは企業でいえば有事と一緒。社会の有事だ。それは、ゆっくりと確実に日本の国力を衰弱させる危機だ」

 そこへの解決策として、サッカーというスポーツに何ができるのか。

「政策課題を解決する手段としてスポーツの力、スポーツによる社会変革、中でもサッカーの力というのは、ものすごい可能性がある」と、蛭間さんは感じている。

「サッカーに必要なことは、個人の力とチームの力。オフェンス(攻撃)の能力とディフェンス(守備)の能力、“空気をよむ”ポジショニング、そして、均衡状況を打開するための“あえて空気を読まない”意思決定をする能力。個人としてそれが身についたのが前提で、今度はチームとしての攻撃と守備、チームとしての意思決定ということになる」

 最初は野武士ジャパンの選手もフィールドでどう動いていいのか、ボールをどう蹴っていいのか、わからなかったという。

「重要なことは、個人の能力や組織の能力というのは、社会に入ったときに必要とされる基礎力や創造力とほとんど一緒だということ。組織のなかで空気を読みながら、ときには自分の能力を発揮しながら組織に貢献するというのは、サッカーでも社会でも一緒だ」

 ストリートのスポーツと言われるサッカー。ホームレス・ワールドカップでは、2014年までに100ヵ国100万人の参加を目指す。同サイトによれば、この大会を通して社会とのつながりを改善した選手の割合は83%、新しい生きがいをみつけた選手の割合は93%にのぼるという。野武士ジャパンのなかには就職に成功しただけでなく、音信不通になっていた家族と再会を果たした人もいる。

 もちろんそこが人生の最終地点ではなく、なかにはまたホームレス状態に戻ってしまう人もいるのが現実だ。

「雇用、労働、人権社会問題としてのホームレスは、社会保障を受ける立場。彼らがホームレス状態を抜け出せれば、今度は社会に付加価値を与え納税する立場に変わる。それはコミュニティや社会全体の便益につながる」と蛭間さん。

「誰もが関係している問題だ。コミュニティ構成員の間に優劣はないし、日本は人という資源しかない。世代に関係なく人に投資をし続ける必要がある」

 社会と積極的に関わり自立する道を、サッカーボールの先に見出した人たちがいる。数は少なくても、それは間違いのない事実だ。

 

NTM

(文・小澤治美 写真・宮津かなえ)


野武士ジャパンを目指す選手とボランティアの仲間たち
野武士ジャパンを目指す選手とボランティアの仲間たち

(インタビュー・河村由美)

野武士ジャパン−ホームレスW杯日本代表チーム

http://www.nobushijapan.org

Homeless World Cup

http://www.homelessworldcup.org