第23回:イスラムとは何ですか?

あるムスリムの話

religion


 イラク戦争から1年ほどが経ったある日の朝、彼らは突然やってきた。容疑は彼の会社の登記簿謄本が偽造されているというもの。アパートの下にはすでにたくさんのマスコミが集まっている。わけも分からず警察へ。22日間、法的に許される目一杯まで勾留され、釈放されるものの直後に再逮捕。今度はビザのない人間を働かせていたという容疑だ。

「実際にビザがない人が働いていたのは2年前のこと」

 そのときには、逮捕容疑と取り調べの内容に関係がないとすでに気づいていた。

「(警察が)取り調べをしたかったのはイスラム・テロ組織のこと。なぜかというと、僕はイスラム教徒だから」

 1995年に来日して以来、バングラデシュ国籍のヒム・ウッディンさんは日本人の妻と2人の子ども(日本国籍)との生活を、国際プリペイドカード販売の会社を経営することで支えてきた。

 アメリカ同時多発テロ以降、世界では過激派組織アルカイダに関連するとみられる大規模なテロ攻撃が頻発。イラク戦争では、日本政府も戦後初めてとなる戦闘地への自衛隊派遣に踏み切った。


 ヨーロッパで逮捕されたアルカイダの関係者が一時期日本にも潜伏していたという報道は、遠い国で起きているテロの脅威がこの国にも及んでいるのだと人々を恐怖させた。

「ある人が僕から33,300円の国際プリペイドカードを買った。その人に僕は名刺を渡していた。その人はヨーロッパのどこかで捕まって、そこに僕の名刺があった。たったそれだけのために、僕は捕まってしまった」

 アルカイダの“関係者”が日本でも逮捕されたという報道は加熱し、マスコミが子どもの小学校へまでも押し掛けた。当時6歳の長男は10日間学校に通えなかった。

 合計43日間の勾留の後、ヒムさんは釈放される。警察は彼とアルカイダとの関係を立証できなかった。

「自分のビジネスも全体的に被害を受けた。精神的に家族も被害を受けた。警察もそのときは申し訳ないと言ったけど」

 釈放されてもなおヒムさんにとって深刻だったのは、彼がアルカイダに関係しているのではないかという風評被害だ。マスコミ各社を訴え、当初の報道の訂正、誤認逮捕であったことの記事掲載を求めた。名誉を回復するため起こした裁判。すべてが終るまで4年かかった。

「僕の罪は何ですか?それを知りたかった」

 あれから10年、彼はいまどう考えているのだろう。

「弁護士の先生の言葉を借りれば、警察は誰でもよかったんじゃないかな。とにかく誰かを捕まえてアピールし

たかった。『僕たちは一生懸命テロのことをやってますよ』って」

 誤認逮捕のあと、彼はたくさんの日本人から手紙を受け取ったという。

「本当はそのとき、もう日本には住みたくないと思った。でも心が変わった。僕の奥さんも日本人だし子ども2人も日本国籍。いろいろ知らない人から謝りの手紙をもらって、僕はいま日本で頑張っている」

 

Not in My Name

 いま世界のニュースの中心は、ふたたびイスラム過激派組織の動向に向いている。シリア・イラクで勢力を増す「イスラム国」に対し、国連安全保障理事会も資金提供やテロ目的で渡航する者の処罰を各国へ義務付ける決議を全会一致で可決した。

 キリスト教に次いで、世界第2位の信仰者をもつイスラム教。同じムスリムとして「イスラム国」に対抗しようという動きもでてきている。イギリスの若いムスリムたちがソーシャルメディアを使って発信している#notinmyname(私「ムスリム」の名においてではない)キャンーペーン。「イスラム国」は世界のムスリム全体を代表するものではないと訴えている。そこには「慈悲の心がない」と。

「イスラム国」についてどう考えるか、ヒムさんに訊いてみた。

「イスラム教の名前でいろいろやっているけど、あの中に何パーセントイスラムの人が入っているか、それもわからないと思う」

 「イスラムがテロをしてくださいとは言っていない。人を殺してくださいとも言っていない。けんかしてくださいとも言っていない。そういうことをやっている人はムスリムではない。僕は信用していない」

 ただ、日本でまたムスリムに対するバッシングや風評被害が起きるのではないかと心配もしている。過激な思想とイスラム教そのものを結びつけるようなニュースの流れ方にも疑問を持っている。

「イラクでは子どもや年寄りが死んでいる。パレスチナでも死んでいる。その人たちの罪はなに?なぜその人たちは死ななければいけない?イラク戦争は何だった?まだ誰もわからない。イスラム教がどうのというニュースが流れすぎて『私たちはイスラム教徒だ』と言うことも怖くなっている。また何が起きるか」

 来日してもうすぐ20年。ヒムさんは、一度は彼やその家族を排斥しようとした日本に骨を埋めるつもりだ。

「日本も自分の故郷みたいに思っている。最後は僕たちのお墓も日本になる。奥さんも日本人だし子どもも日本国籍。日本をまもらないといけない。僕はイスラム教徒として、そう思っている」

 

NTM


コメント: 0